賃上げ促進税制を税理士が解説

スタッフの給与を上げたら、その一部が税金から戻ってくる。それが賃上げ促進税制です。ただし2026年(令和8年)の税制改正で中身が変わり、「教育訓練費の上乗せ」がなくなりました。この記事では、クリニック・歯科医院の院長向けに、改正後の控除率、自院が使える区分、給与総額6,000万円の計算例、見落としやすい落とし穴を順番に解説します。読み終えると、決算前に「いくら戻る見込みか」を自分で概算できるようになります。

■ この記事の結論(先にお伝えします)

  • ・中小企業向けの賃上げ促進税制は、前年より給与総額を1.5%以上増やせば増加額の15%、2.5%以上で30%を法人税・所得税から控除できる
  • ・令和8年度改正で教育訓練費の上乗せ(+10%)は廃止。くるみん・えるぼし認定の+5%は残り、最大控除率は45%から35%になった(法人は令和8年4月1日以後に開始する事業年度から、個人事業主は令和9年分から)
  • ・控除できるのはその年の調整前法人税額(個人は調整前事業所得税額)の20%が上限。中小企業は使い切れなかった分を5年間繰り越せる
  • ・院長・理事長の親族スタッフの給与は計算から除く。開業・設立初年度は適用できない
  • ・給与台帳で前年と当期の支給総額を比べ、1.5%以上増えていれば決算前に税理士へ相談する

賃上げ促進税制とは?対象期間と3つの区分

賃上げ促進税制の制度概要のイメージ画像

賃上げ促進税制は、国内の従業員に支払う給与等の総額を前年度より増やした事業者が、その増加額の一定割合を法人税(個人事業主は所得税)から差し引ける制度です。正式には「給与等の支給額が増加した場合の法人税額(所得税額)の特別控除」といい、租税特別措置法42条の12の5(個人は10条の5の4)に定められています。令和8年度改正後の内容は、国税庁「令和8年度 法人税関係法令の改正の概要」経済産業省「賃上げ促進税制」ページが主な出典です。用語の定義や手続きなど制度全体の詳細は国税庁タックスアンサーNo.5927-2にまとまっていますが、改正前(教育訓練費の上乗せ・最大45%)の記述が残っている点に注意してください。

対象期間は次のとおりです。

事業形態 対象期間
法人(医療法人など) 令和9年(2027年)3月31日までの間に開始する各事業年度
個人事業主(個人クリニック) 令和4年分から令和9年(2027年)分までの各年

制度は企業規模で「全企業向け」「中堅企業向け」「中小企業向け」の3区分に分かれ、1つの事業年度で使えるのはいずれか1つです。令和8年度の税制改正で、この3区分のうち全企業向けは令和8年3月31日で廃止され、中堅企業向けは要件が厳しくなりました。クリニック・歯科医院のほぼすべてが該当する中小企業向けは、教育訓練費の上乗せがなくなった以外は維持されています。改正の適用開始は、法人が令和8年4月1日以後に開始する事業年度、個人事業主が令和9年分です。

先に押さえる用語:雇用者給与等支給額・継続雇用者

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控除率の表を読む前に、3つの用語だけ押さえてください。判定で使う「給与」の範囲が、日常の感覚と少し違います。

雇用者給与等支給額

その事業年度に損金(必要経費)に算入した、国内雇用者に対する給与・賞与・各種手当の合計です。退職金は給与所得に当たらないので含みません。雇用調整助成金のように給与に充てるために国や自治体から受けた「雇用安定助成金額」は、賃上げ率(1.5%・2.5%)の判定では差し引きません。ただし控除額の計算では、助成金を差し引いて計算した増加額が上限になります。それ以外に給与の補塡として他者から受け取った金額があれば、判定の段階で差し引きます。

国内雇用者(計算に入れる人)

国内の事業所の賃金台帳に載っている使用人です。パート・アルバイトも含みます。ただし役員と、役員や事業主の親族・事実婚の相手・生計の支援を受けている人など「特殊の関係のある者」は除きます。個人クリニックで院長の配偶者が受付を担当している場合、その給与は計算から外すということです。

継続雇用者

前事業年度と当事業年度の各月に給与の支給を受けている国内雇用者です。法人の場合は雇用保険の一般被保険者に限り、高年齢者雇用安定法の継続雇用制度の対象者は除きます。この用語は全企業向け・中堅企業向けの判定で使うもので、中小企業向けでは出てきません。中小企業向けの判定は「国内雇用者全員の給与総額」で行います。退職・入社で人が入れ替わっても、総額が増えていれば要件を満たします。

3つの区分と控除率を表で比較【令和8年度改正後】

令和8年度改正後の賃上げ促進税制の控除率比較のイメージ画像

法人は令和8年4月1日以後に開始する事業年度、個人事業主は令和9年分の控除率は次のとおりです。いずれも控除額は「控除対象雇用者給与等支給増加額×控除率」で計算し、その事業年度の調整前法人税額(個人は調整前事業所得税額)の20%が上限です。増加額は、助成金による調整や他の雇用関係の税額控除との調整がなければ、当期と前期の給与総額の差額そのものです。

中小企業向け(クリニックの多くはここ)

要件 控除率
雇用者給与等支給額が前年度比1.5%以上増加 15%
同2.5%以上増加 30%
上乗せ:くるみん認定・えるぼし認定(2段階目以上)等を取得 +5%
最大 35%

対象は、資本金または出資金が1億円以下の法人、資本や出資のない法人で常時使用する従業員1,000人以下のもの、常時使用する従業員1,000人以下の個人事業主で、いずれも青色申告が条件です。資本金・出資金が1億円以下でも、大規模法人に株式や出資の2分の1以上を持たれている法人などは対象外です。直前3年の平均所得が15億円を超える法人も除かれます。

改正前にあった「教育訓練費を前年度比5%以上増やし、かつ当期の給与総額の0.05%以上支出すると+10%」の上乗せは廃止されました。法人では令和6年4月1日から令和8年3月31日までに開始した事業年度(たとえば令和7年10月〜令和8年9月の事業年度)、個人事業主では令和7年分・令和8年分で、まだ旧制度の+10%が使えます。

中堅企業向け(常時使用従業員2,000人以下)

要件(継続雇用者の給与総額の増加率) 控除率
4%以上(改正前は3%以上) 10%
5%以上 15%
6%以上 25%
上乗せ:プラチナくるみん・えるぼし(3段階目以上)等 +5%

対象は事業年度末の常時使用従業員が2,000人以下の法人ですが、支配関係にある法人を含めた従業員合計が1万人を超える法人は除かれます。教育訓練費の上乗せは廃止。令和9年3月31日の適用期限をもって廃止されることが税制改正大綱に示されています。

全企業向け

令和8年3月31日をもって廃止されました。令和8年4月1日以後に開始する事業年度では使えません。

クリニックの多くは「中小企業向け」:3つの強み

中小企業向け賃上げ促進税制の強みのイメージ画像

区分の判定は難しく見えますが、クリニック・歯科医院では次のように整理できます。

  • 個人クリニック:従業員1,000人以下なら中小企業向け(「中小事業者」)
  • 医療法人(持分なし・基金拠出型):出資がないため、常時使用する従業員1,000人以下なら中小企業向け
  • 持分あり医療法人(平成19年4月施行の改正前から存続する経過措置型):出資金1億円以下なら中小企業向け

分院を含めた法人全体の従業員数と出資金額で判定します。診療所を1〜数か所運営する規模であれば、まず中小企業向けで検討して問題ありません。

中小企業向けには他の区分にない3つの強みがあります。

  1. ハードルが低い:継続雇用者の絞り込みが不要で、全員の給与総額が前年度より1.5%増えていれば対象。ベースアップだけでなく、採用で人数が増えた分も含まれます。
  2. 控除率が高い:2.5%以上の増加で増加額の30%。令和8年度改正後の中堅企業向けは、6%以上の賃上げで基本控除率25%、両立支援等の+5%上乗せを満たしてようやく最大30%です。
  3. 5年間の繰越:控除額が調整前法人税額の20%を超えて使い切れない場合、超えた分を翌年度以降5年間繰り越せます。開業から数年で利益が薄い時期に賃上げしても、控除の権利が消えません。繰り越した年度も「給与総額が前年度を超えている」ことが条件です。

クリニックでの計算例(給与総額6,000万円の場合)

クリニックの賃上げ促進税制の控除額計算例のイメージ画像

常勤・非常勤あわせて15人ほどの医療法人を想定します。事業年度は令和8年4月1日開始とし、改正後の控除率で計算します。助成金の受給や他の雇用関係の税額控除はないものとします。

項目 金額
前事業年度の雇用者給与等支給額 6,000万円
当事業年度の雇用者給与等支給額 6,180万円
増加額 180万円(増加率3.0%)
控除率 30%(2.5%以上の増加に該当。くるみん認定なし)
税額控除限度額 180万円×30%=54万円
当事業年度の調整前法人税額 400万円
控除の上限(調整前法人税額の20%) 80万円
実際の控除額 54万円(上限内なので全額)

調整前法人税額が200万円の年なら上限は40万円で、残りの14万円は翌年度以降5年間に繰り越します。

ポイントは、180万円の給与増加に対して54万円の法人税額控除を受けられるということです。実際の負担は、増えた給与が損金になる効果や、社会保険料の事業主負担(給与のおよそ15%)の増加もあるため、別途検討が必要です。

令和6年4月1日から令和8年3月31日までに開始した事業年度なら、教育訓練費の要件(前年度比5%以上増かつ当期の給与総額6,180万円の0.05%=30,900円以上の支出)を満たすことで控除率が40%になり、控除額は72万円でした。決算期によって旧制度が使える最後の年度に当たるクリニックは、対象となる学会・外部研修等の参加費・受講料の集計を忘れないでください。研修に参加する従業員本人の交通費・旅費・宿泊費は教育訓練費に含まれません。

実務でよくある落とし穴(クリニック特有の論点)

賃上げ促進税制の実務上の落とし穴のイメージ画像

賃上げ促進税制は、要件を満たしていても申告で落とす事例が少なくありません。クリニックで特に多い論点を挙げます。

開業初年度・設立初年度は使えない

前事業年度の給与がないため比較ができず、設立の日を含む事業年度は適用できません。個人クリニックの開業年も同じです。開業2年目以降で、前年より給与総額が1.5%以上増えていれば対象になります。

医療法人化した年の比較相手

個人クリニックから医療法人に移行した場合、法人の設立事業年度は適用できません。個人側の最終年分は、その年の途中で事業を廃止した年に当たるため対象外です。法人化を検討しているなら、賃上げのタイミングと法人化のタイミングを合わせて考える必要があります。法人化の判断材料はクリニックの医療法人化のタイミングで詳しく解説しています。

院長・理事長の親族は除く

院長の配偶者や子どもに給与を払っていても、その分は「国内雇用者」の給与から外して判定します。親族給与を増やしても控除にはつながりません。

助成金は控除額の計算で差し引く

雇用調整助成金のように給与の支払いに充てるために国や自治体から受けた「雇用安定助成金額」は、1.5%・2.5%の賃上げ率の判定では差し引きませんが、控除額の計算では差し引いた後の増加額が上限になります。助成金を多く受けた年は、要件は満たしても控除額が小さくなることがあります。キャリアアップ助成金などは、コースや支給目的によって給与の補塡に当たるかの判断が分かれるため、個別に確認が必要です。

前年度と当期の月数が違うとき

決算期を変更して事業年度が12か月に満たない場合は、前事業年度の給与額を月数に応じて調整して比較します。特に前事業年度が6か月未満の場合は、通常の単純な月数換算とは計算方法が異なるため個別確認が必要です。決算期の変更を予定しているクリニックは、この調整で増加率がどう動くかを事前に確認してください。

控除は「税額の20%」まで

控除限度額を計算しても、その年の調整前法人税額(個人は調整前事業所得税額)の20%を超える部分はその年には使えません。中小企業向けなら5年間繰り越せますが、繰越を受けるには控除しきれなかった年度以後、毎年の申告書に繰越額の明細書を添付し続ける必要があります。1年でも添付を忘れると繰越が切れます。

当事務所は医療機関専門の税理士事務所として、日々の記帳から確定申告、6か月ごとの決算予測まで一貫してサポートしています。決算前に「今期いくら賃上げすれば控除が取れるか」を試算したい方は、クリニックの決算予測はいつ?もあわせてご覧ください。

適用を受けるための手続きと必要書類

賃上げ促進税制の申告手続きと必要書類のイメージ画像

中小企業向けの賃上げ促進税制には事前の届出や申請は不要です。その代わり、確定申告書への添付書類が揃っていないと適用を受けられません。

  1. 青色申告であること:白色申告では適用できません。個人クリニックで白色の場合は、まず青色申告のメリットを確認して切り替えを検討してください。
  2. 明細書の添付:法人は法人税申告書の別表六(二十四)と付表、個人は所得税の「給与等の支給額が増加した場合の所得税額の特別控除に関する明細書」に、前年度と当期の雇用者給与等支給額、増加額、控除額を記載して添付します。控除額の計算の基礎になる給与の増加額は、当初の申告書に添付した明細書の記載額が上限です。申告後に増加額の集計漏れに気づいても、更正の請求で増やすことはできません(控除率の計算誤りなど、記載した増加額の範囲内の訂正は更正の請求で増額できる場合があります)。
  3. くるみん・えるぼし認定の証明:上乗せを使う場合、その事業年度中に認定を受けたこと(プラチナは事業年度末に認定を保持していること)を示す書類を用意します。
  4. 繰越控除の明細書:控除しきれなかった年度以後、毎年の確定申告書に繰越税額控除限度超過額の明細書を添付します。

給与台帳から雇用者給与等支給額を集計する際、役員・親族の除外と助成金の調整を忘れると数字が合わなくなります。月々の給与計算の段階で区分しておくと決算がスムーズです。スタッフの手取り額の試算には給与計算ツールをご利用ください。

よくある質問(FAQ)

Q. 開業2年目の個人クリニックでも使えますか?

A. 適用できる可能性があります。前年(開業年)の給与総額と比べて1.5%以上増えていれば対象です。開業年は月数が12か月に満たないことが多いため、前年の給与額は月数調整して比較します。ただし、開業年にスタッフへの給与支払いがなく比較雇用者給与等支給額が0円の場合は、1.5%の増加要件を満たさないものとされるため適用できません。開業年そのものも前年がないため適用できません。

Q. 院長の妻に払っている給与は賃上げの計算に入りますか?

A. 入りません。事業主の親族は「国内雇用者」から除かれるため、配偶者や子どもの給与は前年・当期ともに計算から外します。青色事業専従者給与も同様です。

Q. 教育訓練費の上乗せはもう使えないのですか?

A. 法人は令和8年4月1日以後に開始する事業年度、個人事業主は令和9年分から使えません。法人で令和6年4月1日から令和8年3月31日までに開始した事業年度、個人事業主の令和7年分・令和8年分は旧制度の対象なので、教育訓練費が前年度比5%以上増え、かつ当期の給与総額の0.05%以上あれば+10%の上乗せを受けられます。

Q. どれくらいまで控除できますか?

A. その事業年度の調整前法人税額(個人は調整前事業所得税額)の20%が上限です。中小企業向けなら、上限を超えて控除しきれなかった分を翌年度以降5年間繰り越せます。

Q. パートやアルバイトの給与も含まれますか?

A. 含まれます。中小企業向けの判定は、賃金台帳に載っている国内雇用者全員の給与総額で行うため、雇用形態は問いません。除くのは役員と、役員・事業主の親族や事実婚の相手など一定の特殊関係者です。

Q. 賃上げしたのに要件を満たさないことはありますか?

A. あります。退職者が出て総額が減った、賞与を減らしたといった場合です。雇用調整助成金を受けた年は、要件は満たしても控除額の計算で助成金分が差し引かれ、戻る額が小さくなることがあります。基本給のベースアップだけでなく、賞与を含めた年間の支給総額で判定されます。

まとめ

賃上げ促進税制のまとめのイメージ画像
  • ・中小企業向け賃上げ促進税制は、給与総額を前年度比1.5%以上増やせば増加額の15%、2.5%以上で30%を法人税・所得税から控除できる制度である
  • ・令和8年度改正で教育訓練費の上乗せ(+10%)は廃止され、くるみん・えるぼし認定の+5%を含めた最大控除率は35%である(法人は令和8年4月1日以後開始事業年度、個人は令和9年分から)
  • ・控除はその年の調整前法人税額(個人は調整前事業所得税額)の20%が上限で、中小企業は使い切れない分を5年間繰り越せる
  • ・役員・親族の給与は除く。雇用安定助成金は控除額の計算で差し引く。開業・設立初年度は適用できない
  • ・中小企業向けは事前届出が不要だが、申告書への明細書添付が必須であり、添付した明細書に記載した給与の増加額が控除計算の上限になる

今すぐできることは、給与台帳で前年度と当期の支給総額を並べ、増加率が1.5%以上になっているかを見ることです。決算月の2〜3か月前に確認すれば、賞与の支給額で要件を満たすように調整する余地も残ります。

当事務所は医科・歯科クリニック専門の税理士事務所として、賃上げ促進税制の判定から申告書の明細書作成、6か月ごとの決算予測まで一貫してサポートしています。練馬区・武蔵関を拠点に、西東京市・武蔵野市・中野区など東京都全域のクリニックをオンラインでも対応しています。賃上げと節税を両立させたい院長は、お気軽にお問い合わせください。

※本記事は2026年9月12日時点の法令・国税庁公表情報に基づいています。事業年度の開始日・従業員数・助成金の受給状況によって適用可否や控除率が変わります。

この記事を書いた人

松村 洋佑(まつむら ようすけ)

税理士(登録番号 145479)/行政書士(登録番号 24083412)

松村洋佑税理士・行政書士事務所 代表。医科・歯科クリニックの税務顧問を専門とし、開業支援から医療法人化・事業承継まで一貫して対応しています。東京都練馬区・西武新宿線武蔵関駅徒歩3分。

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